リマの街を歩いた数日間

アルマス広場やリマ大聖堂、ラルコ博物館を巡り、街の交通や観光事情、ペルー料理にも触れた数日間。

それから数日間、いくつかの日帰りツアーに参加して、リマの中心部とその周辺をあちこち見て回った。

最初は旧市街の中心にあるアルマス広場。マヨール広場とも呼ばれている。

ちょうどペルーの独立記念日の時期で、さらに5年ごとの大統領就任式も近づいていた。そのため広場の中央はすべて封鎖され、中に入れない。仕方なく外周をぐるっと歩いた。

続いてリマ大聖堂へ。1535年、植民都市リマを築いたスペイン人征服者フランシスコ・ピサロが礎石を置いたとされる教会で、内部には彼にまつわるものが多い。ピサロが二度目のペルー遠征でガジョ島に足止めされたとき、パナマへ戻りたがる部下たちの前で砂に一本の線を引いた、という有名な話もある。その線を越えて南へ進むことを選んだのは、のちに「名高き13人」と呼ばれる13人だけ。「南へ行って富をつかむか、北へ戻って貧しいままでいるか」と迫った、と伝えられている。

小さな博物館や収蔵館もいくつか見学した。周辺で出土する小型の遺物があまりにも多く、棚が何段も必要になるほどだ。その中でいちばん気に入ったのは、このなんとも言えない表情。

ラルコ博物館には、さらに強烈な展示がある。古代ペルー、特にモチェ文化の性愛表現を扱う独立展示「性と命の世界(Checan Erotic Gallery)」だ。博物館自身も、古代ペルーの性とエロティシズムを伝える重要なコレクションとして紹介している。

リマではUberがとても使いやすく、移動手段を細かく考えずに街中を飛び回れた。ただし運転はかなり激しい。タクシーの多くはマニュアル車で、狭い隙間への割り込みや追い越しがとにかくギリギリ。何度も「これは当たる」と思ったのに、結局一度も当たらない。腕があるからこそできる運転なのだろう。

ペルーは観光インフラもかなり整っていた。国全体の発展度から想像していた以上だ。ちゃんとした店構えさえあれば、小さな売店でもカード端末が出てくる。長く使っていなかったのか、その場で充電して再起動することはあったけれど、とにかく使える。現金が必要だったのは路上の露店くらいだった。観光地のトイレも、水洗、紙、石けん、水道がきちんとそろっている。「ホルダーはあるけど中身は空」というタイプではなく、本当に全部ある。以前行ったオーストラリアやニュージーランドでも、ここまで安定してはいなかったので驚いた。

そして、この数日はペルー料理もかなり食べた。何をもって「ペルーらしい料理」と呼ぶのか、僕にはまだよくわからない。そこで最近のAIに頼ることにした。レストランではメニューを全部スマホで撮り、ChatGPTに送っておすすめを選んでもらう。英語のメニューすら読む気が起きないくらい、完全に怠けていた。

なかでもペルーらしさが強かったのは、たぶんクイ(モルモット)の丸焼き。ほかの国ではペットなのに、ペルーでは立派な料理になる。

ペルー料理の盛り合わせも注文した。右下にあるのが、あのセビーチェ。そして飲み物もなかなか不思議で、アイスアメリカーノにパッションフルーツジュースを合わせたもの。そんな組み合わせ、本当にあるんだ……。

これでリマでの予定は終了。次はクスコへ向かう。