シドニー:オセアニア旅行の始まり

日付変更線を越える長旅から、タロンガ動物園とシドニー・オペラハウスでオセアニア旅行を始めた。

今回のオセアニア旅行は、難航する旅程作りから始まった。満たさなければならない条件がいくつもあった。

まずニュージーランド南島では、僕たちは自分で運転するのが面倒だったので、クイーンズタウンとクライストチャーチを結ぶツアーに参加することにした。このツアーは5日に一度しか出ない。これだけで旅程の大枠が決まった。先にニュージーランドへ行って5日前の便に参加するか、先にオーストラリアへ行って後の便に参加するかだ。僕たちはニュージーランドのビザを別に取っておらず、当時僕たちに適用された制度では、オーストラリアのビザを持ってオーストラリアから渡航すればニュージーランドに入国できた。つまり、先にオーストラリアへ行くしかない。これで日程はほぼ固定された。

しかもツアーはクライストチャーチ発。次の問題は、ニュージーランドでは北島と南島のどちらを先に回るかだった。調べてみると、南島からアメリカへ帰る便はどれも北島で乗り継ぐのに、北島からなら直行便がある。なら南島を先にするしかない。

ここまで来て、ようやくオーストラリアのどこからクライストチャーチへ飛べるかを考えられる。オーストラリアで絶対に外せないのはケアンズだった。グレート・バリア・リーフで潜る。これは確定だ。ところがケアンズからクライストチャーチへの直行便はなく、メルボルンかシドニーで乗り継ぐ必要がある。それなら、そこで遊んでいけばいいじゃないか。調べるとメルボルン経由のほうが明らかに安かったので、ひとまずメルボルンを入れた。

では、アメリカからケアンズへはどう行くのか。当然こちらも直行便はなく、やはりシドニーかメルボルンで乗り継ぐ。しかもよく見ると、乗り継ぎ時間がひどすぎて受け入れがたい。それなら乗り継ぎ先でもう一日遊べばいい。シドニー、ケアンズ、メルボルンの順に回る航空券と、その逆順の料金を比べたところ、前者のほうが明らかに安く、時間もまともだった。こうしてこのルートに決まった。

信じられないかもしれないが、最初はメルボルンへ行くつもりなんてまったくなかった。

要するに、こうして旅程は完成した。

2025年12月10日の夜にアメリカを出発し、到着したときにはもう12日。間の11日は、僕の人生からそのまま消えた。

15時間半もかかる超長距離便では、プレミアムエコノミーに乗った。個人的には、プレミアムエコノミーを普通に買う人はたいてい割に合わないと思う。意味があるのはアップグレードのときくらいだ。エコノミーとの差は小さく、リクライニングも大したことがないのに、値段は普通なら2倍以上する。ところが公式サイトでマイル交換を見たら、プレミアムエコノミーが7万ポイント、普通のエコノミーが8万7000ポイントだった。意味がわからない。でも本当にそうだった。

そこでプレミアムエコノミーを取った。座席を選ぶときには最後列しか残っていなかったので、そこにした。そしてハマった。最後列は後ろの壁が近く、リクライニングがさらに制限される。飛行機に乗ったことがある人ならわかると思うが、座席なんてそれほど精密なものではない。公称の角度は公称の角度で、体格のいい人がぐっともたれれば、体感ではさらに10度くらい押し倒せることもある。普通なら体重でもう少し角度を稼げるのに、最後列は壁があるのでそれがまったくできない。かなりつらかった。勉強になった。もう絶対に最後列には座らない。

最終的には、まあまあ休めた。というより、これだけ長ければ休まずにいるほうが難しい。その日の午後は予定通り、シドニーで有名なタロンガ動物園へ行った。動物園の地図はこちら。

動物園では、今日も今日とて『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』状態だった。

それから、ネットで大人気のカピバラもいた。

コアラもいた。コアラ専門の動物園では、このあともっとたくさん見ることになる。

これで一日目は終了。時差を直すため、急いでホテルへ戻って寝た。

次の日は、シドニー・オペラハウスへ行った。

内部ツアーに参加して、オペラハウスの舞台裏をたっぷり見て回った。ガイドから聞いたのは、オペラハウスのいろいろな裏話、建築家一家の愛憎劇、そして世界で唯一オペラハウスに登った人物はトム・クルーズか、それともジャッキー・チェンか、というクイズだった。

そして次の写真が、内部ツアーだからできること。誰もいないコンサートホール、体験版。

見学が終わると、ほかに特にやることもなく、午後には飛行機に乗らなければならなかったので、近くの公園を歩いた。景色はかなりよく、公園からは別の角度でシドニー・オペラハウスを遠くに眺めることもできた。