クスコ周辺の遺跡と段々畑、塩田
クスコ, ペルー
クスコ周辺に点在する遺跡を巡り、インカの段々畑や今も使われる塩田、アンデスの景色に出会った。
場所 · city · クスコ県
1件の記事 · 国: ペルー
クスコ, ペルー
クスコ周辺に点在する遺跡を巡り、インカの段々畑や今も使われる塩田、アンデスの景色に出会った。
クスコ周辺に点在する遺跡を巡り、インカの段々畑や今も使われる塩田、アンデスの景色に出会った。
クスコ周辺のいちばん大きな特徴は、とにかく遺跡が多いこと。数え切れないほどあり、途中からどの遺跡がどの名前だったのか、正直かなり怪しくなってきた。
インカの人々は段々畑で斜面を安定させ、耕せる土地を大きく広げた。そのため、この一帯の山には段々畑が本当に多い。山では昼夜の寒暖差が大きく、高さが変わると気温だけでなく、場合によっては育つ作物まで変わる。下の円形の段々畑は、どの標高で何を育てるのがよいか調べるための実験場だったと説明された。
次は塩田。山から湧く塩分の多い水を何層もの浅い棚田へ流し込み、太陽の熱で乾かして塩を採る。かなり長い歴史を持つ場所だが、単なる遺跡ではない。見学中も実際に人が働いていて、今も塩を生産していた。
移動中に見えたアンデスの景色もよかった。
この数日間は、いくつもの一日ツアーや半日ツアーに参加した。遺跡を見るだけでなく、人と話すたびに知らなかったことが増えていく。こういう瞬間が、旅をする意味のひとつなのかもしれない。
まず印象に残ったのは、ヨーロッパにルーツを持つ人が多いこと。数百年前にスペインの植民地だった歴史はもちろんあるが、僕が会ったガイドたちは、もっと最近のつながりを持っていた。親や祖父母がヨーロッパ出身だったり、自分自身がヨーロッパで生まれていたりする。国際結婚や多文化の家族が、ごく普通のこととして受け止められているように見えた。中国、日本、韓国を含む東アジアでは、国際結婚は今でも少し特別なこととして見られがちなので、その違いは大きかった。
もうひとつ驚いたのが、みんなが扱う言語の多さだ。もちろん、僕が会ったのはガイドが中心なので偏りはある。それでも観光業の人だけではない。クスコの小さな店に入っても、店主がかなり自然な英語を話すことがよくあった。スペイン語に加え、この地域ではケチュア語を母語とする人も多い。気づけば3言語が当たり前、という人もいる。中国では英語を流暢に話せるだけでも十分すごく、さらにもう1言語となれば尊敬されるレベルだ。ここでは、それがスタート地点に見えることさえあった。
ツアーに参加していたヨーロッパ人たちも負けていない。ある日、スペイン語も英語も話せないイタリア人が2人参加していた。イタリア語とスペイン語は似ているから何とかなる、という勢いでペルーまで来たらしい。ガイドが困っていると、別の参加者が「スペイン語もイタリア語も話せるから通訳するよ」とすっと現れた。そんな人が普通に同じツアーにいるのがすごい。
とはいえ、ガイド全員の英語が上手なわけではない。仕事に必要な専門用語はかなり覚えていても、文章になるとほとんど作れず、単語を並べながら途中にスペイン語が混ざる人もいた。僕も少しだけスペイン語がわかるので、何が起きているかは気づける。でも説明全体を理解するのはかなり難しかった。英語が母語なら、強いアクセントや混ざった単語からでも意味を補えたのかもしれない。残念ながら僕にはそこまでできず、自分の英語もまだまだだと実感した。
これでクスコ周辺の旅は終了。次はいよいよマチュピチュへ。